いろいろ言っておいて、結局は「あの頃はとにかく底抜けに楽しかったんだなぁ」ということを今更のようにしみじみと理解し、今更のようにぼそぼそと語りたいだけなんだろうと思う。

だから内容とか特に無い。


昔、宮崎県の南端のほうで 2週間ほど逗留して仕事をしたことがあった。地元の人曰く「グンゼの工場ぐらいしかない」というような場所だったが、とんでもない。地元でしかありつけない名産品はどれをとっても全国に自慢できるレベルだ。みんな気付いていないだけ。
そこでどういう「仕事」をしていたのかというと、数人でとある民家をベースキャンプとして泊まって、日中はそれぞれレンタカーを借りて周辺の集落に散り、決められたポイントの土木系調査をする、というもの。1日ひとり数箇所から 10箇所弱程度を巡り、2週間で数百地点の調査を完了し、レンタカーを返して飛行機で帰る。難易度からすればそう特殊技能が必要なわけでもなく、ある程度の心得のある人間が数地点 OJT で学べばその後はすぐに問題なくひとり調査が可能といったものではあったが、とはいえ誰しもができる仕事ではない。

とある民家、というのは、いまは福岡営業所にいる地元の(たぶん)名士の家柄の人が、使ってない一軒家があるというので、そこをただで借りることができたという稀も稀なケース。ほんとうに「使っていない」家で、畳は部分的に朽ち始めていたりしたが、テレビ冷蔵庫その他家財道具はほぼそのまま残っており、野郎どもが数人寝泊りするだけなら全くもって充分な状態であった。食事は、地元のシルバー派遣センター経由でまかないさんを頼み、朝と晩は用意してもらった。これまた贅沢な話。通常は、土方さんの泊まるような宿(ビジネスホテル)を探すか、公共の宿頼みとなる。
しかし、いかに恵まれているとはいえ、日中ひとりで歩き回り&運転で調査して、夜寝るだけでは流石に疲弊してくる。そこで楽しみとなるのが、銭湯代わりの温泉入浴である。全員帰投したらば 1台の車に同乗し、今日はあそこの温泉、今日はあっちのと、日替わりでさまざまな温泉を楽しむのである。その辺に詳しい人がひとりいて、日替わりにしても入浴する場所には事欠かなかった。車で何10分か走れば、そういう施設は結構あるのである。
温泉入浴設備といってもピンからキリまであり、そこがまた楽しい。やけにこぎれいでだだっ広いロビーで本格的に大量の湯治客を迎える体制のホテルもあれば、なんだか周りには何も無い、土剥き出しの荒野にぽつんとプレハブが建っていてなんとなく地元の人たちが集まってきていると思ったらそこが温泉だった、みたいなのもある。というか概ねそんな感じだったりした。物好きが取材し、ガイドブックに載せたりしなければ、県外の人間がまずたどり着くことは無いような場所、観光温泉でないからこそ味わえる醍醐味だ。
そんなわけで、なんとなく車に乗せられて、勝手知ったる奴の誘導で辿り着いたその「温泉」も、今となってはどこだったのか私にはさっぱりわからない。とにかく、グローバルかローカルかで言うとローカルの極北ともいえるその温泉は、不思議なことに、上がってくる人くる人、みな悉く「全身まっかっか」なのである。なんだ脱衣所が寒い所為か、それともこのへんの人は入浴するとみんな真っ赤になる体質なのか、などと思いつつ、数十分後。私も信じがたいほどまっかっかになっていた。
どうやら、その温泉の薬効らしい。鉄分だかなんだかが多いのだったか、ちょっと錆色をしたお湯だった。当然ながら、身体はものすごい温まった(気がした)。これは特段の温泉好きでなくとも、体験として味わっておくといいんじゃないかと思った。しかし残念ながら、そのためだけに行くような場所ではないし、周りに宿泊施設など無いし、何より私はそれがどこなのかわからない。
何でそんなことを思い出したのかというと、そういえば、今住んでいる場所のシャワーもやけに温まるなぁ、これはひょっとして所謂「赤水」の所為なのかな、と思ったりしたからである。飲用に使用している蛇口にはフィルターを取り付けているのだが、構造上、浴室への給湯にはフィルター設置できない。水道設備を一新すると相当な費用(百万単位)がかかるので諦めているというふうに大家さんからは伺っている(そのぶん破格の安さで住まわせてもらっているのである)。そのお湯に温泉と比肩する薬効があるかもしれない。ありがたいような、情けないような。


…さて、そろそろ一銭にもならない「仕事」に、戻りますか。