飽くまで例えばの話である。例えばの話で、政治を考えてみる。

多忙な職場があったとする。経費節約の為に残業時間は制限されており、人手も微妙に足りていない。しかも、今後仕事量の増加が見込まれている。こうした中、上意下達のかたちで、「水曜はノー残業デー」の指令が来る。つまり、週 1日分の残業が禁止される。これは決定事項なので、従わざるを得ない。
半年後、やはりこの職場ではどうみても業務が追いつかない、というわけで、職場マネージャクラスの訴えがやっと通り、ノー残デーは適用外となる。かくして週 1時間程度の残業が「元に戻る」。
ここでこの職場の社員は、どう思うか。
所詮は週 1日、1時間程度の仕事時間が増えるか減るか、それだけの違いである。単純な時間数で言うとたった 2〜4% の違いであり、これにより進捗が劇的に変わるはずもない。しかし、社員のモチベーションは、はじめからノー残デーが無かった場合よりも、業務が遅れ気味にもかかわらずノー残デーが続行された場合よりも、この、半年間だけノー残、後に残業再開、の場合に最も劇的に低下する。
政治力とは、人心の掌握とは、つまりそういうことである。実際の数字以上にひとを落胆させるのは簡単なことだ。しかし、それを取り戻すのは容易なことではない。


そう、容易なことではないのだ。