今日はあの 1月17日

私は家におらず、いつものとおり「封印されし墓所」で寝泊りしていた。午前中はおろか、午後になっても、関東からではどうしようもない情報しか入っていなかったのをよく覚えている。

その(はるか)後、野島断層の解析研究を行ったのは、私の卒論指導教官も参加した研究チームである(というか、どこもかしこもよってたかって様々なアプローチをかけていた。)


地震学の世界も「激震」した、そんな地震だったように思う。私自身は関わってないが、あの地震を境に地震研究の地平がまた大きく開き、また一歩前進したのではなかっただろうか。


毎年同じようなことを書いているような気がしたので今年は少しだけ違う内容を混ぜてみた。