「年賀状が虚礼である」、なんて言える(言ってよい)のは、それでも出している人だけだ。

だから私は「年賀状が虚礼である」なんて言えない。
年にいちど、僅かでも楽しみにしてくれている人のために、それなり懸命に図案を考えたりしていたあの頃の情熱はとうに潰えた。そして復活の兆しも無い。
年賀状を出さなくなって、(今年の|来年の)干支がわからなくなった。干支とはそれくらい、どうでもいいものだったということを、つくづく思い知ったというのが逆説的な結論。