面倒臭いのか、はたまたそうではないのか。

採餌の際にエネルギーを消費する、これは別に一部の人間に限ったことではなく、従属栄養生物全般に当てはまることである。狩りをするのに体力が、とか、料理にエネルギーが、とか、そういうことではなく、栄養を摂取する為の行動そのもので、体力を消費する、という意味である。普段はこれも大概においてあまりに微々たるものであり、且つ、食事による栄養補給でリカバーされる(後述注意)ので、その消費による消耗が自覚されることは無い。
しかし、落ち着いて考えれば、今食べたものが 5分 10分で身体中に行き渡り、エネルギーとして作用するなどということがあるはずもない。通常の食物は摂取後、胃の中で数時間、腸の中で数十時間を過ごす(個人差はある)。だから、厳密には「(適切な)栄養を得た」という情報を脳が得た(というか、そう判断した)時点で、さまざまな状態で体内に蓄えられているエネルギーを開放するよう指令が出る(ホルモンとかそっちのほうの作用)、それだけの話である。また、「御飯食べたら元気が出るもんだろ、御飯食べて疲れるわけがない」という「常識」に脳が支配されており、摂食後の多幸感とともにその疲労疲労と感知しない、それだけの話である。
要するに、明らかに収支はマイナスに落ち込むその瞬間を、マイナスをマイナスとして自覚する機会というのはあまり多くはない(とりわけ私のように歩きながら飯喰ったりしても俄然平気な人間にとっては)のだが、消耗性疾患の際や、異常に眠いとき、めちゃくちゃ疲れたとき、普段と違うくつろぎ方をしているときなどには稀に顕著に認識されることがある。


誰ぞの誕生日という触れ込みの今日、ブランチにしてもやや遅めのそれを摂取後、なにか全てのやる気を失ってしまった、そんな感じを文章にしたら、こうなった。